昨日、大学4年の間務めた職場の追い出しコンパがありました。
僕は卒業する側で、追い出される側でした。
これまではずっと追い出す側として心血を注いできたので、開始前からなんだか寂しさが募っていました。

僕の職場は伝統的に余興に力を入れることになっていました。
余興好きの僕としては、ここ2年ほどその準備にフルコミットせずにはいられませんでした。
僕達が抜けてクオリティを保てるのかな?と不安に思っていましたが、蓋を開けてみればクオリティは途方も無く高く、例年を凌ぐものでした。

終始笑いが絶えず、素敵な送別会だったと思います。
後輩が手紙を読んでくれているときも、微笑みながら聞くことができました。
花束を受け取っているときの僕の表情は、笑顔でした。

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僕は人前では色々なことを考えてしまうタイプらしく、あまり素直に感情を出せません。
映画館に一人で映画を見に行ったときでさえそうです。周りに人がいるとあまり泣けません。

だから、寂しさだけを存分に味わいながら、追いコンの時間を過ごしました。
寂しいけど、いつものように軽口を叩いて、楽しく過ごしました。
涙ぐんで話したりするタイプではないから、当たり前みたいにおどけて見せました。


しかし、帰りの電車の中で、「泣いてない」ということに対するコンプレックスを感じ始めました。
4年間働いて、それなりに色々な思い出もあって、感傷的になっているのに、涙の一滴も流さないのか
それではまるで僕は冷酷な機械のようではないか。

そう思って、泣く準備をしてから泣いてみようと思いました。

家に帰って、一人で部屋にこもりました。
ヘッドホンをして、周囲の音に邪魔されないようにしました。卒業ソングを再生しました。
皆からもらったメッセージ付きアルバムをめくりました。
親しい後輩がくれた手紙を読みました。送別会で流れた動画を見ました。
職場で交わした何気ない会話や、勤務後の食事の光景を思い出しました。

すると、泣けました。

一度泣き始めてしまえばあっという間で、泣いている間に色々な思い出がまた蘇ってきます。
そしてまた泣き続けてしまう。そんな繰り返しでした。

ああ、僕はちゃんと泣けるんだな、と思いました。

そして、泣き腫らした目のまま、眠りにつきました。朝の8時過ぎのことでした。
起きた今も、感傷は残っていますが、何となく切り換えることができました。昨日の気持ちを引きずってはいません。
あそこで泣いておくことができて良かったと思います。僕の4年間を締めくくる涙を流せて良かったと思います。

卒業シーズン、人前で泣けずに何となくモヤモヤしている方は、部屋で一人で泣いてみる試みをしてはいかがでしょうか。



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