昨日、2015年9月9日(水)に放送された「マツコ&有吉の怒り新党」の中で、マツコデラックスの発言がかなり刺激的だったので記録しておきます。

main



話の発端は、視聴者からの投稿。
「ペットが病気なので、という理由で会社を休む人がいるのですが、これは許されるのでしょうか?」という投稿でした。
それに対してなされたのが以下の会話

マツコ「一見、『ふざけやがって!』という気がするけど、しょうがなくない?
   猫が死にかけてるのを放置して出て行けないでしょ!?」
有吉「もう『ペットが家族』が許される世の中になっているしね」
マツコ「私なんかは古い人間だから『ふざけんな!』と思うけどね」

……中略

有吉「一つ言っておくと、俺は親父が死んでも休まない
   …冷酷なヤツみたいになっちゃう!?(笑)」

マツコ「私も絶対に休まない。でもそれって、半分は『虚栄心』からだと思わない?
よく『舞台役者たるもの親の死に目に会えないのが当然だと思え』とか言うじゃない?
それって半分は仕事上の矜持なんだろうけど、半分は『親が死のうが舞台に立ち続ける』姿を見せたいからだと思う。
私は、裏で泣いていようが何だろうが、そういう風に『意地』みたいなものでやりきってしまうタイプだと思うのよ。
そういう『意地』とか『虚栄心』みたいなものをおくびにも出さずに、『休ませてください』って言い出せるタイプの人は、もしかしたら私みたいなタイプよりも、まっとうなのかもしれないと思うことがある。
『プライドはないのか!?』と切り捨ててしまえば簡単だけど、そのプライドって本当に必要なのかな?
そいつは仕事人としてはどうかな?と思うけど、人としては悪いヤツじゃないな、と思う」

めちゃくちゃ刺さりましたね。
マツコデラックスが芸能界で未だに引っ張りだこなのは、こういうエッセイスト的な素晴らしい考察ができるからなのでしょう。
彼女(?)は、頭が良いんですよね。


さて、僕もどちらかと言えばマツコデラックスの言う「古い人間」なので、ペットが死んで仕事を休む人の気持ちは1ミリたりとも理解できません。
「親が死のうが舞台に立ち続ける」舞台役者は、まさに僕の中の究極の仕事の美学を体現しています。

一方で、マツコデラックスの指摘がズバッと刺さりました。

それは、『意地』であり『虚栄心』である。


「親が死んでも俺は舞台に立っているぞ!プロフェッショナルだ!」というある種の自己満足であり、「親が死んでも舞台に立つ俺を見ろ!」というある種のアピールでもある。

その通りだと思います。
仕事人として強くありたいというプライドが、それを引き起こしているのでしょう。
そして、そんなプライドが人間としての自然な反応を押し殺しているとしたら、それは人間としてまっとうではないのかもしれません。

何かを突き詰めてプロフェッショナルであろうとすると、人間としてまっとうではなくなってしまう。
「仕事」を極めようとすると、行き着く先は「狂気」に近いのかもしれない、と思います。


それでも僕は「人間としてまっとうな」現代風の仕事人よりも、「まっとうでない」仕事人の方を美しいと思いますし、そうありたいと考えています。

それにしてもマツコデラックスのコメンテーターとしての能力の高さには驚くばかりですね。
こういうズバっとした一言が言えるように精進したいと思います。




twitter: http://twitter.com/kenhori2
よろしければフォローお願いします。